2006年05月14日

ランコムの躍進Vol.8:出店戦略の勝利

販売チャネル  化粧品業界
ランコムの販売チャネルは百貨店です。’80年代半ばまでは、百貨店の他にも化粧品専門店、美容室、ソニープラザなどで販売されていましたが、販売拠点が膨れ上がり、美容部員の養成が追いつかないという事態が起きたため、販売チャネルを高級感のある百貨店に絞りました。

しかし、かつてのロレアルのCEO、 フランソワ・ダルによると、そもそもランコムが日本の百貨店参入当時にあてがわれた売場はフロアの末端だったようです。そのためダルは、西武、三越、高島屋といった百貨店の閉ざされた社会に入り込むことができる交渉の巧みな人間が必要だと考え、パリからこの分野に実績のある高級幹部を日本に送り込みます。ランコムの役員ジル・ヴェイユは妻子を連れ、数年間、東京に勤務することを受け入れます。彼はまもなく日本も子会社の社長になり、結局6年以上も日本に滞在しました。

ヴェイユの業績は素晴らしく、ランコムのコーナーを百貨店の中心部に移し、さらにスペースを広げることに成功しました。これには経費もかかったが、すぐに回収できました。ダルによると、なにより伝統がものをいう日本で成功するには、長期滞在が必要であり、ヴェイユのような人間がいたことは大きな成功要因だったとのことです。

そして、90年代後半から始まった相次ぐ百貨店の改装による化粧品売場の増床で、ランコムの売場拡大の拍車がかかります。’99年に新宿伊勢丹がランコムの売場を1.5倍に増床したのをきっかけに、主要都市の百貨店で売場リニューアルが行われる度に、売場面積を約2倍にしていく勢いで大型化が進み、ランコムの平均売場面積は32屬ら65屬冒加、2002年には、池袋西武に100屬箸い国内最大級のランコムの売場が開設されました。

すでに売上が好調だったランコムに対して百貨店側の好意的な支援があったことは容易に想像できますが、一方で同様に成績好調だったシャネルもコーナー拡大を推し進め、両社は常に競合したと言われています。またある百貨店の話しでは、ランコムとシャネルが売場争奪戦をするところでは、ブランドビジネス開拓者を自負するエスティローダーグループが必ず防戦に入り、更に日本を代表する資生堂が面子をかけて参戦するという状態で、メガブランドによる売場争奪戦が過熱していたようです。

2003年に百貨店の改装も一巡し情勢が落ち着くと、ランコムは結局、多くの有力百貨店において、エスカレータ前やエントランス前、もしくはフロア中央のロケーションに広いスペースを確保していました。

ランコム店舗数では約100店舗で展開、これは競合の外資系大型ブランドより少ない店舗数ですが、100店以上の展開は考えず、既存店における売上増を目指すとしています。

展開店舗を有力百貨店に限定し、高級感や希少性を演出しながら、競合より広くロケーションの良い売場を獲得していったことはランコムの躍進に大きく寄与した要因であったと思われます。

参考文献:
・われわれは、いかにして世界一になったか?―ロレアル 最も大きく、最も国際的な会社の成功物語
・図解でスッキリ!化粧品業界 知りたいことがスグわかる
国際商業


化粧品業界

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