2006年04月05日

花王・カネボウ統合Vol.6:カネボウ化粧品事業を改革

1966年、カネボウは全国の販社が赤字に陥っている状況を打破するため、化粧品事業の改革に乗り出しました。

化粧品業界まず、本体の各部門から優秀な30代半ばの若手を引き抜き化粧品へ投入、化粧品本社企画に15名、地区担当として販社建て直しに10名を配属します。彼らは、化粧品には全くの素人でしたが、資生堂を徹底的に研究し、化粧品事業における成功の鍵(チェーン店制度と価格維持)を学び、資生堂の戦略をそのまま踏襲していきます。この当時、3年間の小売店との店舗確保契約と美容部員配置のために100億円が投下されました。

一方で、生産志向からの脱却を目指し、プロダクト・マネジャー制を導入。消費者志向、販売志向を制度として具体化していきます。

また、東京銀座にカネボウ化粧品販売株式会社を設立し、大阪のカネボウ本社から化粧品事業部を銀座に移転します。これにより、カネボウが化粧品に本腰を入れていることが、内外に印象づけられ、取引先小売店の信頼を得ることができたと言われています。

このような改革及び本社の強力なバックアップ体制を得て、カネボウの化粧品事業はその後、急成長を成し遂げていきます。

■カネボウ本社化粧品事業売上推移:単位億円
カネボウ04

この時代、カネボウは新商品の発売に際して、イメージモデルに女優や有名タレントを起用、TVCMにも人気歌手のCMソングを使用するなど大規模な宣伝広告キャンペーンを展開するようになり、70年代、80年代において、資生堂とともに化粧品のシーズンキャンペーン全盛時代を築いていきます。(下表参照)

■カネボウの主なシーズンキャンペーン
(70年代後半〜80年代前半)
カネボウ03

出所:KBSケース「鐘紡株式会社-多角化事業-」他



Blogランキング


トラックバックURL

この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Profile
Archives
Recent Comments
Recent TrackBacks
【155号】P&G、ドルチェ&ガッバーナブランドの化粧品発売。 (英語新聞ウォールストリートジャーナル(WSJ)から見た起業・ビジネスのヒント)
P&Gが不振のヘアケアブランドの立て直し
ミラ・ジョヴォヴィッチ登場のスクリーンセーバーもあるよ 日本ロレアル株式会社 (日用品雑貨化粧品業界(プラネット参加メーカー)の総合情報満載ブログ)
ランコムの躍進 序章
糸ようじやひっぱリンクルなどが有名な小林製薬株式会社 (日用品雑貨化粧品業界(プラネット参加メーカー)の総合情報満載ブログ)
小林製薬 化粧品分野に本格参入